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ツールドフランス

今、Cycling Newsのサイトでツールドフランス第19ステージ(個人TT)のテキストライブを見ていたら、大変な結果になってました。1位レイフェマー(ディスカバリー)2位エバンス(ロット)3位コンタドール(ディスカバリー)で、総合上位3人がそのまま3位以内に入ったのですが、総合タイム差が1位コンタドール→エバンス23秒、2位エバンス→レイフェマー31秒とものすごい僅差だ!次の最終ステージは例年パレード状態で最後だけペースが上がるが、この差だと途中のスプリントポイントでのボーナスタイム次第ではひっくり返る可能性もあるので、3000km以上走ってきた選手には酷でしょうが、是非最後までディスカバリーとロットのガチンコ勝負を見てみたい!そうすればドーピング問題に揺れた今年のツールも少しは救われると思います。

このブログの趣旨から少し外れる話題ですが、皆さんはドーピング問題についてどう考えていますか?私は、スポーツ選手という職業には限りなく厳しい倫理観が求められるものだと思っています。それは自分達が最初に決めた「ルール」の範囲の中で競うことで初めて見ている人に非日常的な夢や興奮や開放感を与えることができると思うからです。一歩引いて考えてみると、棒切れでボールを引っ叩いたり、網にボールを蹴り込んで喜んだり、自転車に乗って猛スピードでかっ飛ばしたり、およそ生産的とは思えないことばかりですが、それをみんなが共通に認識している「ルール」の中で行うことによって、同じ土俵で能力の差を競うことができ、自分ができないような高いパフォーマンスを人々は認識して感動することができるのだと思います。ボールは1個だというルールがあるのに一人だけもう1個ボールを持ってきて勝手にゴールに蹴り込んでも誰も感動しないし、ゴールはパリだといっているのに一人でミラノに走っていっても誰も見てくれません。大げさなたとえかもしれませんが、ドーピングも同じことではないでしょうか。「みんなやっているから」というのは選手だけの内向きの論理です。プロスポーツにおいては関係者全員・観客も含めた全員がルールを共通認識できなければ成り立ちません。

さらにドーピングがやっかいなのは自分の精神や体がむしばまれるといった簡単なことではすまないところです。非合法的な薬剤や医学機材をしようするということは、それを用意する「裏社会」の人間に金銭通じた関係が生まれるということです。麻薬と同じで自分の儲けを得るために薬漬けにしようとするものも出るでしょう。その薬によってプロスポーツの結果を左右できるとなれば賭博に関わる人間とのつながりも出てくるでしょう。

日本の自転車選手の言葉を聞いていても思うのですが、「厳しい練習をし、厳しい節制をしなければいけないので自転車選手というのは大変」という思いが強いようです。でも、厳しい言葉ですがそんなの当たり前だと思います。誰も自転車選手になることを強制してないのですから。自分で好きでやっているのですから。厳しくて辛ければやめればいいんです。ドーピングしてまで続けることはありません。なぜそんな厳しい思いをしても自転車選手をやりたいのかといえば、他の職業とは比べ物にならないほど多くの人に自分のパフォーマンスで感動を与えることができるということに尽きると思います。そのことに向かって純粋に努力する強い意志と倫理観が無い人間はスポーツ選手になる資格は無いと思っています。先に述べたようにルールを外れたスポーツほど非生産的なものは無いでしょうから、とっとと転職したほうがみんなのためだし、無駄な努力をしなくてすむという意味では自分のためでもあります。

とりとめの無い話で申し訳ありませんが、私自身高校生のときに始めて自転車レースに出会って(もう20年前か・・・)、その迫力にすっかり魅了されてしまったひとりです。極限まで研ぎ澄まされた人間同士の戦いが生み出すドラマが大好きです。だからこれ以上その思いをぶち壊すようなことが自転車レース界で起こって欲しくないという思いがあります。ちっぽけな自転車屋のしがない店員なので、できることは限られていますが、ただ物を売るだけでなく少しでも自転車レースの魅力を伝えていけたらいいのですが。熱い思いを持って(暑苦しくない程度に)接客をしますので、ご来店の際には遠慮なく声をかけてください。あ、もちろん自転車そのものが好きなのでレースに全く興味のない方もいらしてくださいね。

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